8月5日 ゲバラカレーの連中がメニューを持ってきた。私はメニューを見ながら誰だ、このメニューを考えたのは!?と怒る。
8月5日
ゲバラカレーの連中がメニューを持ってきた。
彼らはカレー屋を立ち上げたいと、スクーリングパッドや私の中島塾に顔を出していた。
いよいよ店を出す。
しかしいざとなるとメニューが決まらない。
ゲバラカレーという名は私の口からぽっと出たものだ。
それを彼らが、ゲバラと言う強烈なインパクトに
「それがいい!それにしよう」と飛びついた。
それだけに、彼らが考えることは企画だけに走りがちだ。
ただその企画が突き抜けているならそれもよし。
私はメニューを見ながら
誰だ、このメニューを考えたのは!?と怒る。
「シェフのカレー」―――なんだこれは?
シェフって言うのは誰なんだ?
どうしてホテルのメニューのようになるんだ?
街場のカレー屋、ゲバラカレーと謳っているのだ。
メンバーは二人、企画をするのはクレヨンしんちゃんのアニメを作っていた高閑者君。
料理はあのフレンチの「ひらまつ」にいた杉本君。
あのなぁ、「ひらまつ」でやっていた事をそのままやっても成功しない。
世の中、特に素人がレストランを作るときに「○○にいた~」などと言う料理人を雇う。
そしてその料理人が作る料理を出す。
ほとんどが売れない。繁盛はしない。
何故か?前にやっていた料理をそのまま出すからだ。
環境の違う場所、特にアッパークラスから街場に来たらほとんどダメである。
「ひらまつ」でフレンチをやっていた人間が、
その意識のまま街場のカレー屋をやっても勝負できない。
街のカレー屋になること。
街のカレー屋を勉強すること。
福生のHATHIというカレー屋にイスラムさんがいる。
ここに行って勉強させようか・・・ああ、どうしたもんだ。
まず、頭の中を変えろ。
カレー屋の船出は厳しい。
いっそのこと私が作ってしまえば、と思うが―――
午後、名古屋に向かう。
名古屋駅前の物件の打合せ。
三軒長屋を土地、建物を買って店にする。
これがいい味出した古い建物・・・味だらけ。
一軒は中華に、二軒目は和食、三軒目はイタリアンにしようと言ったら
鈴木ヨッチャン社長に
「イタリアンはダメ。この辺はみんなうまくいっていないんです。」と言われた。
それにしても暑い暑い。大地に太陽の光が反射している。
地球の中から熱いマグマが噴出しそう。
地球全体がまるでゆで卵のようだ。
昔は夏だと男性はランニングを着て、とうもろこしやスイカを食べていた。
女性は今思えば不思議で、みんなシミーズという下着でウロウロしていた。
そして団扇でパタパタ、扇風機はしばらく後だった。
クーラーなどどこの家にも無く、蚊取り線香を焚いて―――
ああ、昭和を想い出す。
夏が来るとなぜか昔の風景を想い出す。
名古屋で人気のかき氷屋に行って炎天下の中並んだ。
だからかな?昔を思い出したのは。
かき氷は相変わらず頭がキーンと痛くなる―――
セミもジィージィー鳴いている。
昭和ではなく、もうとっくに平成20年・・・
私の思い出した昭和は50年くらい前なのだろう。
昭和30年代・・・・
懐かしい母の顔がちらちら浮かぶ。
墓参りにはしばらく行っていない。
一人で行こうと思う。
ナカジマタケシ




