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私はよくスタッフに、「お客様はそれを食べたいのか?」と問う。

9月20日

料理屋各店は、秋の献立にすっかり変わった。
中には、私にダメ出しされ、もたもたしているお店もある。
私はよくスタッフに、「お客様はそれを食べたいのか?」と問う。
ただ、今までの決まりごとの延長でメニューを作らないで欲しい。
料理人の人たちは、どうしても習ってきた料理だけを作る。
どうすれば新しいものが生み出されるのか。
また、何を提供すればお客様が喜ぶのか、あまり考えていない。

たとえば、秋になれば食べたくなるもの。
「松茸きのこ鍋」
鴨団子、葱が入る。他には?
私は餅のかわりに生麩を入れる。
時には鴨すいとんもつくる。

そう、「懐石」なんて書くとよろしくない。
「うまいもん屋」あたりがちょうどよい。

今、何がおいしいかな。
少し前に、旬のイカを買った。1杯200円くらい。でもこれが美味。
ミミのところがシコシコしていて、生醤油で食べるのがいい。
柚子であえて、塩で食べるのもうまかった。塩辛にするのも手である。
白いごはんが実においしい。

夕方から、久しぶりに書道教室であった。
「発 丑 暮 美 之 初」
この字を書き続ける。先生のお手本を見て、ひたすらに書く。
隣の方が風邪気味で、ひっきりなしに鼻をすする。それが気になる。
そっとティッシュペーパーをその方の傍に置くが、
一向に鼻をかまない。気が散る。
でも、今日は無心に書き続けよう。
汗が身体中ににじんでくる。
動いていないのに、集中するとエネルギーが発散するのだろう。

このごろ、特別新しいことをしていない。
店も、人々をあっと言わせるようなこともしていない。
今日の書道のようだ。無心に書く。何かを意識せず書く。
上手に書こうと思うと、けれん味が出る。難しいものだ。

相当書いた。先生に見てもらう。
直してくれたり丸をいただいたりするが、自分では全く納得いかない。
ただわかったのは、今まで自分が自己流で書いていたのが、
つたない、下手な字であったということ。
本物を知る事はよいことだが、世の中を狭くする。
少しずつ、上達するのだろう。

2007 09 23 [21ひとつところにとどまらないことの難しさ] | 固定リンク| コメント (0) | トラックバック (0)

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