松井春澄×国産無添加生ハム名人・尾島博さん(その1)
皆さん、こんにちは。
今日は私の年上の友人であり、先生であり、大事な飲み仲間でもあり、国産生ハムメーカーの第一人者、(有)セラーノの尾島 博さんにお話をうかがいます。無添加の生ハムをつくるのは、時間がかかる仕事。でも、じっくり熟成させた尾島さんの生ハムは本当に絶品!なんです!
今回の対談の場所は、尾島さんの生ハム工房。工房に入っていくと、生ハムが発酵する「発酵臭」がぷうんと。おおーっ。これぞ、生ハムが生きて呼吸している証なんです!
まず工房内を見学させていただいてから、対談をスタート。尾島さんと私の出会いは、意外なところからでした。
松井春澄 尾島さんとの出会いは誰からの紹介でもなく、20年前ぐらいにスペイン料理店「エル カステリャーノ」(東京・渋谷)で、私が友人と食事をしていた時に、尾島さんと白人の方がワインを飲んでいらした。尾島さんが「もしよかったら、一緒にワインどうですか?」と言ってくださったのが出会い。一緒にいらした白人の方は、アンドリュー・パッションさんでした。
なぜかそれを機に公私ともどもいろんなところに誘っていただき、パッションさんにもパリ祭(7月14日:独立記念日)の1万円で食べ放題パーティに呼んでいただいたり。その頃の私は若くて駆け出し、高級店にも行ったことがなかったけれども、興味はあったので、それから「アピシウス」などフレンチにも通うきっかけになりました。欧風の食文化を尾島さんから教えてもらった。
尾島さんはスペインに留学なさって、生ハムは帰国後、趣味でつくられていたんですよね。ハモンセラーノにはまって、パーティでふるまっているのが評判になり、「つくらないか」と声がかかったと。
セラーノ尾島さん ええ、つくらざるを得なくなっちゃったんですよ(笑)。創業は1977年。なんで始めたかって、自分が食べたいから。
松井春澄 長いですよね。やっぱり「好き」って凄いなと思いますね。好きじゃないと私も食の仕事ができなかったし。年齢は親子ぐらい違うんですけれど、尾島さんとは食が好きという考え方が共通する点。刺激を受けたり、勉強もさせてもらったり、おかげで仕事を続けることができた。尊敬すべき、私にとって多大な影響を受けた人です。
こんな素敵に年を取る人いないなと。
尾島さん あっははは。ただ、楽しんでいるだけですよ。
松井春澄 楽しそうなんですよね。見ていて、無理もなく自然体だし、数十年前と考え方もまったく変わらない。売れたから量産しようと思っていないし、できる範囲、目の届く範囲で育てている。
凄いなと思うのは、お店に生ハムを卸した後も気になって、自分の子供を里子に出したように見に行っていらっしゃる。私の知り合いが尾島さんの生ハムを入手したいと言っても、きちんと理解してもらえないと卸さない。その姿勢が、数十年続けてこられた秘訣だと思います。
尾島さん まあ、そうですよね。それまではコンサルタント業、最初はPRコンサルタントをしてました。それからマドリッド大学に行って1年間だけ勉強して、あとの5年間は人生休暇みたいなもんですよ(笑)。毎日遊んでました、うふふ。バルでシェリーとワインを飲み、生ハムを食べて。
帰ってからマーケティングコンサルタント。マーケットサーベイ(市場調査)をベースにしたコンサルティング。それから、海外関係のOECDなどの関連のエコノミストみたいな仕事。アメリカの企業が日本に参入するためのコンサルティングとか。食品関係は、まったく趣味でした。
松井春澄 出会った時はもう生ハムをつくられていたので、ずっと食の方なのかと思いきや、意外な経歴なんですよね。
尾島さん あの頃はまだ二足のわらじでしたからね。
松井春澄 私はミュープランニングにいて飲食店のコンサルティングをしていたので、尾島さんには生ハムのことだけじゃなくて、コンサルとしてのことも教わったり(笑)。
尾島さん ふふふ。
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